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今となっては彼の名前を知る人間はおそらく居ないだろうから、それを無理に探してくる必要はないのだろう。ただ彼は青かった、淡い青、水色をしていた。彼は水色の人だった。背は高く線は細く、顔立ちは柔らかで、なんとなく頼りなさそうな感じをしていた。彼は「迷子の家」をやっていた。風で飛ばされてきた子どもを連れ帰って面倒を見ながら、近隣の村に心当たりを聞いてみる仕事だ。時々家が見つからない――例えば記憶をなくしているような子どもも居たから、半分は孤児院のようでもあった。
「迷子の家」で働いているのは水色の人だけではない。この家で育った者や、こういった仕事が好きな者が何人か集まっている。
だからその日、水色の人は「迷子の家」を彼らに任せて買い物に出ていた。暫く分の食べ物を抱えて、夕日に照らされて金と赤に光る雲の合間を歩いていた。ふちが霞んで流れ、細波のような陰影をつけている向こうで、何かがきらきらと光った。
近付いてみると、それは人間だった。うつ伏せに倒れていて、光って見えたのは髪と羽。どちらも泥にまみれて固まっていたが、その合間のつやの残った部分は、陽の光を焼け付くほどに照り返していた。纏っている服は殆どぼろ布同然で、服といっていいかどうかも怪しい。そこから覗いている手足は作り物めいて白かった。多数の傷があり、殆どはもう固まって、陶器のひび割れや欠けのようにも見えた。顔は見えない。恐らく女だろうが、それにしては幅広な肩が呼吸に合わせてゆっくりと動いていた。
こうして倒れている人間を見るのは初めてではない。飛ばされてくる者は、大抵こうして眠っていることが多いのだから。水色の人はそう思って、その白い子の肩のそばに膝をついて、静かに声をかけた。
それは声を漏らしながらちょっと頭を動かし、薄らと目を開けた。柘榴石のような深紅の瞳が、ぼんやりと水色の人を捉えた。次の瞬間、白い子はバネ仕掛けのように飛び起きて、そのまま三メートルほど退いた。体を少しかがめて、汚れてくぼんだ顔に、瞳だけをぎらぎらさせて水色の人を睨みつけた。
重厚な文を書く練習を兼ねて。
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