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隕ちた光 3
2008 / 02 / 15 ( Fri )


 それが即ち

 ――Μοιρα Αιωνιον――

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『追いかけてきたって、体力の無駄だろ?! 腹が減るだけだ! それでも構わねぇっつーなら、むしろその分の飯をくれってんだよ!』

 少女と言うべきか、女性と言うべきか……ともかく、エンジェルと言う種の外見年齢、その上限が差し迫るほどまで成長した彼女は、相変わらず煽るような言葉を吐きながら走っていた。
 以前よりも長く伸びた足は、下草に打たれて相変わらず傷だらけだ。
 片腕にパンの包みを抱えて陰から陰へ逃れるうち、彼女はふと違和感を覚えた。

 ――追手との距離が、開かない。

 追手の動きに、迷いが、ない。
 自分の体力が落ちているわけでは無い。そもそも、力尽きるまで追われることなどまず無かった。
 ここまで成長した肉体なら、もともとの体力にそこまで差があると言うことも無いだろう。

 ――拙い。

 十数年とこの生活を続けた中で、彼女は初めて焦りを感じた。足を動かしながら、助かる方法を考える。
 低木の間を滑るように回り込んで、結果として身体を約九十度方向転換する。そのまま、相手に見えるように包みを投げ返して見せた。
 追手は、盗品に見向きもせずに追いかけてきた。
(くそったれ)
 胸中で毒づいて、それでも走ることはやめない。多分、捕まったら殺される。
 誰が悪いわけでもない――奴らも不安なのだ、安定した社会が脅かされることが――しかし、そのために殺されてやるほどに彼女も悟ってはいない。否、恐らくは永遠に悟れない。
 走り続けても、競り負けるのは恐らく、自分だ。
 彼女は舌打ちした。既に身体は疲労を訴えていて、頭も上手く働かない。
(何か、ある筈だ。生きてる限り可能性は平等だ――)
 生きている、限り。
 ………………………………………………。
『最悪のアイデアだ……』
 苦々しげにごちて、彼女は走る方向を変えた。最早自分が島のどの辺りに居るのかは分からなかったが、それでも勘に頼って目的地を目指す。
 島の、縁を。

 東の空が、ほんの僅かに白みはじめる。
 小さな崖を前にして、彼女は立ち止まった。振り返り、追手を睨めつける。
 各々が縄やら石やら農具やらを持っていて、物騒なことこの上ない。
 彼らは、彼女と三メートルほどの距離を置いてこちらを見つめていた。
『なぁ……テメェらは、何をしたかった? 盗品なら、ここに来る途中で落としたが』
 痩せた両腕を芝居がかった動作で広げて、彼女は追手に問いかけた。答えはない。
『俺が憎かった? 白いから? 俺は一人だったが、何だ? 親は俺を生んで死んだとでも? 白いから? 俺を殺したかった? 白いから? 俺が盗むから? 白いから? 違うよなぁ……違うよなぁ……?』
 一歩後退り、彼女はまくし立てる。追手は迫ってこない。崖を背に半円に囲まれて、逃げ場は元より無い。
『テメェらは止まれなかった。俺も止まれなかった。それだけだよなぁ……それだけ。だが、これ以上こんな事を続けるのも飽きたんだろ? なぁ?』
 更に数歩、彼女は下がった。踵が削った土が、パラパラと音を立てて光の海へ落ちていった。
 東の空に、明星(あかほし)が輝いて、もう日が昇るのだと告げていた。
『じゃあ、もう、やめにしよう』
 彼女は一言そう呟いて、広げていた両手を下ろした。
 全身の力を抜いて肩をだらりと垂らし、俯いた首から目だけで相手を見遣る。

『俺がここに戻ってこなかったら、お互いに万々歳。ここに戻ってきた所をテメェらが潰したら、そっちの勝ち。ここに戻ってきて、誰にも気付かれずまた目を覚ましたら、お互いにがっかりだ』

 自嘲めいた笑みさえ浮かべて、彼女は言った。片足を静かに上げ、不安定に身体を揺らす。
 東の空から、光の腕が伸びてくる。

 ――διαφαχια(ジアファニス)! 色無し!
   わたしたちは、お前が自我を持つ前に、お前をそこから捨てたよ
   だが、お前は戻ってきた!
   αηδιαστικοσ(アイジアスティコス)、忌まわしい子
   外は広いのだろうが、お前みたいな奴は他にいないだろうさ
   お前は、あの日捨てた子供に違いないんだ

 追手がはじめて口を開いた。誰が言ったのかは知れないが、声はやかましく騒ぎ立てる。
 それは、大層けったいな事。 余程運が悪かったのか。
『うるせぇなぁ』
 上体を大きく反らせて、彼女は不満げにそう零した。
『俺だって、こんな所に戻ってきたかねぇよ』
 その声だけが取り残されて、空に吸い込まれていくようだった。
 細く白い体躯は、あまりに軽やかに、不気味なほどゆっくりと地面を離れた。

 朝日が顔を出し、明けの明星は青く染まり始めた空に呑まれて溶けた。


 以来、彼女がこの島に戻ることは無かった。
 やがて浮島が大陸との交流を取り戻し、奇妙な価値観が拭い去られたあとも。




言い訳と化した後書き
  小説(と言うかSSと言うか寧ろラノベと言うか)に関して、独学の限界を感じつつある背後です

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